<レーシックガイド>レーシックが原因でのドライアイ

まだまだレーシックという手術は新しい医療方法であり、100%の確率で成功するとは限りません。
つまり視力を取り戻すことが出来ないケースもあるので、レーシックでのリスクも頭に入れておく必要もあります。 ドライアイは目薬をさしていくことによって自然に治まる場合が多くなっています。
元々ドライアイの人だったとしましても、適性検査で合格をすればレーシック手術は可能なのです。

 

レーシックとドライアイの関連性についての知識をまずはしっかりと理解しておく必要があります。
実際ドライアイの人というのは、レーシックのクリニックで細かなところをいろいろと相談してみるようにしましょう。

 

ドライアイというのは眼の水分が少なくなり眼が乾いてしまう状態のことを言います。
レーシックというのは角膜を削ることになるので、角膜には眼の水分を調節させる神経が多くあることからレーシック後にドライアイを引き起こしてしまうこともあるのです。



<レーシックガイド>レーシックが原因でのドライアイブログ:20181114

パパはボクを厳しく育てました。
小学生の時、少年野球をしていましたが
連日、スパルタで特訓を受けていました。

それはもう練習というよりは修行の様で
家の中で18時遅くまで特訓の日々が続きました。

パパが投げた新聞紙で作ったボールを
連続でバットの芯に当てないと眠らせてもらえない…
パパの投げたゴロを100球連続で捕らないと眠らせてもらえないのです。

1球でもはずせば、また一からやり直し。
最後まで気が抜けず、はずすと怒られました。
当時のボクは
「完璧でないお前はダメだ」と言われているように感じていました。

そんなパパは早くに親を亡くし、
親戚の家を転々として幼少期を過ごしてきました。

厳しい中で頑張ってきたのだと思いますし、
心のどこかで「完璧じゃないと自分は見捨てられる」
そんな思いもあったのかもしれません。

楽しんで始めた野球でしたが
プライドはズタズタにされ、野球を楽しむということも忘れてしまいましたし
20歳を過ぎるまでボクはパパのことを
どこか恨んでいたと思います。

だから物心ついた頃には年上の男性、
いわゆる上司という存在は
いつもボクのことを厳しくジャッジする人というイメージがついていました。

全員と言うわけではないのですがやはり上司の前では緊張し、
あまり本来の自分を表現できなかったと思います。

でも、本当はもっとパパに褒めてもらいたかったのです。
ファインプレーをしたときに
「良くやったな」と頭を撫でてほしかったのです。

しかし、パパは照れくさかったようです。
大人になってから、そのことに気付き始め、
その頃から、
「ただパパはボクに冷たくしたわけでもないのかもしれない」 と
パパの気持ちを察してみるようになりました。